【前編】PayPayはキャッシュレス市場をどう見ていたか?100億円あげちゃうキャンペーンの裏側

2018年10月のサービス開始以来、急速にサービスを拡大させてきたPayPay。サービス開始からほどなくして実施した100億円キャンペーンが記憶に新しい人も多いのではないでしょうか。いまでは日本全国のお店だけでなく、自治体の窓口や税金の支払いでも利用できるようになりました。コード決済といえば真っ先に思い浮かべる存在といっても過言ではありません。
 
PayPayを運営するPayPay株式会社はソフトバンク株式会社とヤフー株式会社の共同出資会社として2018年に設立されました。Z Venture Capitalのグループ会社でもあります。
 
スタートアップの方々にも役立つ新規事業立ち上げのヒントをうかがいました。

【柳瀬将良(やなせ・まさよし) PayPay株式会社 金融戦略本部長】
ボーダフォン株式会社入社。Vodafone Group Marketing、ソフトバンクモバイル株式会社 プロダクト&サービス本部、SoftBank U.S. Inc. Product Strategy Manager、ソフトバンク株式会社/事業開発本部 フィンテック事業企画部長を経て2018年8月PayPayにジョイン。PayPayでは金融サービス(あと払い、ポイント運用、ほけんミニアプリ)、ミニアプリ(UberEats、PayPayモール、PayPayフリマ、Accelerator Programなど)を担当。

【湯田将紀(ゆだ・まさき)】
早稲田大学社会科学部卒業後、ヤフー株式会社に入社。企画、マーケティング、財務業務等に6年半従事した後、2018年10月よりZ Venture Capital(旧YJキャピタル)に参画。Z Venture CapitalではFintech領域を中心に投資業務に従事。2020年よりスタートアップとPayPayミニアプリ開発を目指す「PayPay Accelerator Program」を運営。過去には週刊金融財政事情「Fintech+(フィンテックプラス)」にてFintechスタートアップを紹介するコラムの連載を担当。

「やるからには勝つ」で決まった100億円キャンペーン


湯田
今では誰もが知るPayPayですが、立ち上げ当初は苦労も多かったと思います。2018年12月に実施した「100億円あげちゃうキャンペーン」は本当に印象的でした。誰の発案だったのでしょうか?
 
柳瀬
いろいろなキャンペーンを検討をしていましたが、100億円という規模は孫正義さんのアドバイスがありました。PayPayをローンチした2018年当時、日本のキャッシュレス決済の普及率はいまよりもずっと低い状態にありました。やるからには、勝つ。そのためにはある程度の費用をかけてドカンとインパクトのある施策でユーザーの認知を進めたいと考えました。
 
景品表示法の懸賞に関する規定をクリアした上でインパクトの大きい施策をやる、ということを考えた時に予算の規模を決めてやる必要がある。100億という数字に特に根拠はありません。それならキリ良く100億円だ、という風に決めました。
 
湯田
なかなか思い切った決断ですね。
 
柳瀬
やるからには勝つか負けるかだと考えていましたから、シンプルに意思決定をしました。その甲斐あって、大きな反響をいただいたこのキャンペーンの第一弾はわずか10日で終了しました。反響の大きさは、PayPayでの決済に対応するための専用レジを設けるスーパーも登場したことなどにも現れていますし、ニュースにもなりました。いまではPayPayはコード決済で真っ先にイメージしていただけるサービスに成長できたと思っています。

課題は必ず24時間以内に解決するスピード経営

湯田
サービスをローンチした段階では、どのくらいの加盟店がありましたか?
 
柳瀬
ローンチ時のPayPayはまだまだ発展途上で営業していましたし、加盟店はほとんどありませんでした。

ソフトバンク社内レストランの様子

PayPayが使える第1号店は、ソフトバンクの社内レストランです。実際に使ってみないと何をどう改善すればよいかもわかりませんからね。少しするとユーザーから「PayPayってどこで使えるのかは、何を見ればわかるの?」という声をいただいたので、全国の加盟店を1つずつ地図に落とし込む作業もはじめました。最初はGoogleマップを利用していたんですよ。
 
湯田
ユーザーの課題に対して迅速に過不足なくサービスを作っていたことがうかがい知れるエピソードですね。
 
湯田
私は当時ヤフーに所属していたのですが、周りの人たちが異動を命じられてPayPayに参画したのが印象的でした。様々な背景を持つ人達をどのようにして一つの方向にまとめていかれたのでしょうか?
 
柳瀬
サービスローンチの日程が決まっていたので、「やるしかないよね」という雰囲気でしたね。サービスを開始するとき、最初からスーパーカーを作るのではなくて、移動できる手段(=決済手段)があれば良い、と例えを使いながらとにかくスピード重視で進め、なんとかローンチさせました。その分コミュニケーションはたくさん取っていましたね。社長の中山は経営陣と毎日1on1をして、発生した課題は必ず24時間以内に解決するようにしていました。ローンチ後は、使い続けていただくサービスを目指して、日々クオリティの向上に努めています。

キャッシュレス7兆円市場へのチャレンジ

湯田
サービスローンチ当初の2018年は、日本国内にキャッシュレスの波もまだ来ていなかったと思います。そんな中、日本の決済市場をどのように見てサービスの開発をしていましたか?
 
柳瀬
まず、キャッシュレスの価値は「現金以上の価値」があることだと考えています。ランチタイムになると銀行ATMには長蛇の列ができますよね。お店も両替やレジ締めには、毎日多くの時間がとられています。現金のためにお店がロスしている時間は1日4時間以上、もっと広く見れば造幣や現金輸送、管理など現金のために日本は年間何兆円ものコストをかけているという試算もあります。

労働人口が減り、日本のGDPが下がっている中でその状況はかなりマズいですよね。キャッシュレス比率が50%になると、7兆円の経済効果があると言われています。PayPayの問題意識は「キャッシュレスが進んだらいいことばかりなのに、なぜ進まないんだ?」というところにあります。
 
PayPayが生み出す価値は「現金以上の価値」です。現金には不正利用に対する保障がありません。現金には「使って楽しい」という体験価値もありません。でもPayPayは使ってすぐにポイントの付与額やキャンペーンのくじに当たったかがわかるので、お金を使うことにも小さな楽しみがあります。
 
当初は「クレジットカードや電子マネーがあるから、PayPayは必要ない」という声もあったのですが、僕たちが戦っているのは現金なんですよね。

「ニュースになれ」という価値観を大切に

湯田
100億円キャンペーンのインパクトもすごかったですが、サービスを知ってもらうために工夫したことはありましたか?
 
柳瀬
ローンチした頃はプレスリリースを出し続けました。PayPayは「ニュースになれ」という価値観を大切にしている会社ですが、当時はニュースになりそうにない案件でもバンバン出していましたね。サムネイル画像まで細かくこだわっています。認知率が低かったときは、「プレスリリースは一番安いマーケティング手法だ」と考え、そのために良いサービスを提供し、ニュースを作るという考えが、新しい事業やプロダクトを作る根幹にありました。
 
100億円キャンペーン第1弾の反響は想像以上で、サービスの成長が追いつかず一時的に「PayPayは使えません」という状況にもなりました。サインアップが日に日に増え、登録者が50万から100万、200万人になるかという状況で週末も気が気じゃない状態でしたね。
 
アプリもサービスもスタートしたばかりのときに、大規模なキャンペーンを実施したことに対して「赤ちゃんにステーキを食べさせるな」という声も社内であがったり、ユーザーの皆様にはご迷惑をおかけする場面もありましたが、サービスを知っていただく上で非常に良い機会になったと思っています。

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